静岡大学工学部 化学バイオ工学科 河野研究室

研究テーマ紹介

研究テーマ

私たちの研究室では、色素複合材料や機能材料の調製と特性評価,および光機能材料の環境浄化への応用に関する研究を行っています。

天然色素や無機半導体(二酸化チタン、酸化鉄、酸化亜鉛等)と多孔質体(メソポーラスシリカ等)や無機層状材料(ハイドロタルサイト等)を組み合わせた複合体により、環境対応の高機能材料や環境浄化用光触媒の開発を目指しています。

研究内容全体図

現在の主な研究テーマは以下の通りです。

  1. 無機ホストとの複合化による天然色素の安定化
  2. 光触媒プロセスによる環境浄化
  3. 無機構造体を用いた機能性材料の開発

自然の色合いをいつまでも

無機ホストとの複合化による天然色素の安定化

はじめに

近年,環境や安全性に対する社会的要求がますます高くなりつつあります。このような情勢の中,例えば色鮮やかな色材として用いられている有機色素についても,有害性の疑われる合成品から,植物や動物由来の天然色素の利用にシフトする方向にあります。しかし天然色素は,広く用いられている合成色素よりも耐光性や熱的・化学的安定性に劣り,一般的な実用条件下では退色してしまうことも珍しくありません。このため天然色素の利用は,特に安全性の基準が厳しい食品や化粧品などの用途に限られているのが現状です。天然色素の安定性を改善し,退色を抑えることが出来れば,安全な着色剤として,応用可能な範囲はより広がるものと考えられます。すなわち,現在は安定性の点でやむを得ず有害性の疑われる合成着色料を使用している分野での,天然素材着色材料への代替が可能となります。

天然色素イメージ図

このような観点から,我々は,天然物に非常に近い素材,あるいは天然素材そのものであるような,さまざまな無機物質をホストとして複合化することで,天然色素の安定性を飛躍的に高める試みを行なってきました。安定性の問題が克服できれば,無害で環境負荷の小さい色材として,天然色素複合体はより多くの分野で利用されうるものと考えています。

アントシアニン[1]

アントシアニン(AN)はフラボノイド系色素の一つとして植物に広く含まれており,食品着色料としても用いられます。しかし特に中性〜塩基性条件下で非常に安定性が悪く,速やかに退色してしまいます。ANの発色体はカチオン性ですので,これをカチオン交換性粘土(KFと表記)の層間に取り込ませて安定化効果を調べたところ,層間にANを取り込まない非膨潤性マイカ(NSM)複合体やシリカ(SIO)複合体と比べて,耐光性・耐アルカリ性・耐熱性いずれも向上しました。窒素雰囲気下では粘土複合体とNSM複合体で耐光性に違いが見られませんでしたので, 粘土層間に取り込まれることでANへの外界酸素の攻撃が抑えられるために安定性が上がったと考えられます。

アントシアニン安定化 アントシアニン安定化

アニオン性天然色素[2]

カチオン性色素であるアントシアニンと同様に,アニオン性天然色素でも同じような安定化効果がみられるかは興味が持たれるところです。そこで,アニオン交換性粘土とも呼ばれるハイドロタルサイト(HT)を用いて,アニオン性天然色素の層間挿入による安定性向上が見られるか調べました。

ハイドロタルサイト表

まず,アニオン性天然色素の例として,食品着色料に用いられるコチニール色素(CM)の安定化を試みました。カチオン交換性粘土と異なり,HTの層間炭酸イオンは親和性が非常に高いため,これを交換するには工夫を要します。そこで,HTの原料であるAl3+およびMg2+の溶液にCMを混合し,pHを調整して沈殿させる方法(共沈法)で複合体を得たところ,層間へCMが取り込まれました。

ハイドロタルサイト複合化

この複合体に可視光を照射した時の耐光性の向上が見られましたが,その理由の一つは,カチオン性色素の場合と同様に外界酸素との接触が断たれたことであることを確認しました。

ハイドロタルサイト表

CMのみでなく,別のアニオン性天然色素であるベニバナ黄色素(CY)でも同様の安定化効果が見られましたが,いっぽうでアナトー色素(ANA)ではHT層間に複合化できず,安定性も向上しませんでした。これは,ANAでは色素分子の疎水的性質が強すぎ,層間への取り込みが進まなかったためと考えました。

疎水性天然色素[3]

油に馴染みやすい,いわゆる疎水性の天然色素は,そのままでは極性の強い粘土層間への複合化は困難です。そこで粘土層間に予め界面活性剤を導入した「有機修飾粘土」を用いると,層間空間が疎水化され,疎水性天然色素も粘土層間への複合化が可能となります。

有機修飾粘土

疎水性天然色素の例として,ニンジン等の植物に広く含まれるβカロテンを採用し,これを有機修飾粘土の層間に導入する試みを行いました。粘土層間の有機修飾により強い疎水空間が生まれるため,βカロテン色素粉末と有機修飾粘土を物理的に混合するだけで複合体が得られ,層間の色素が高い安定性を示すことが分かりました。

物理混合

総括

以上のように,無機構造体に取り込むことで,天然有機色素の安定性を向上させ得ることが分かりました。安定性向上の要因として,外界の酸素の拡散・接触を抑制することと,層間や細孔内での色素に対する静電的相互作用の効果が挙げられます。環境負荷の小さい着色剤として,化粧品や食品,あるいは生分解性プラスチックの着色用途などへの応用を目指しています。

文献

  1. Stabilization of natural anthocyanin by intercalation into montmorillonite.
    Y. Kohno, R. Kinoshita, S. Ikoma, K. Yoda, M. Shibata, R. Matsushima, Y. Tomita, Y. Maeda, and K. Kobayashi, Appl. Clay Sci. Vol. 42, pp. 519-523, 2009.
  2. Photostability enhancement of anionic natural dye by intercalation into hydrotalcite.
    Y. Kohno, K. Totsuka, S. Ikoma, K. Yoda, M. Shibata, R. Matsushima, Y. Tomita, Y. Maeda, and K. Kobayashi, J. Colloid Interface Sci. Vol. 337, pp. 117-121, 2009.
  3. An easy and effective method for the intercalation of hydrophobic natural dye into organo-montmorillonite for improved photostability.
    T. Taguchi, Y. Kohno, M. Shibata, Y. Tomita, C. Fukuhara, Y. Maeda, J. Phys. Chem. Solids Vol. 116, pp. 168-173, 2018.

水の汚れを光でキレイに

光触媒プロセスによる環境浄化

はじめに

水は生命体にとって不可欠なものです。しかしながら人間の生産活動の拡大に伴い水質汚染が深刻な問題となってきており、汚染された水の浄化と再利用技術の進展が強く望まれています。私たちは、研究を通じ水の浄化に貢献できることを願っています。水の浄化処理では、現在、活性炭による吸着と中空糸膜による濾過が主になされていますが、汚染物質自体の無害化には至っておらず、また、吸着剤や濾過膜を頻繁に交換しなければなりません。最近、n型半導体である二酸化チタンを用いて、紫外光照射下での抗菌、防汚、消臭、空気浄化など光触媒プロセスによる環境浄化が盛んに検討されています。水の浄化においても、二酸化チタンのような半導体材料の利用が大いに期待されます。

光触媒プロセスでは、紫外光照射により生じた価電子帯の正孔と伝導帯の励起電子がともに半導体表面に存在し、溶液中の化学物質(汚染物質)の酸化と化学物質(酸化剤)の還元を行います。

酸化チタン光触媒を用いた水の浄化

半導体光触媒を用いた水の浄化において、低濃度の汚染物質を含む水の大量処理に対応するためには、汚染源となる有機分子を効率よく光触媒表面に集めることが不可欠です。私たちの研究室では、微細孔を有するメソポーラスシリカの細孔内に二酸化チタン微粒子を形成させた材料を用いて,水の浄化処理を検討しています。メソポーラスシリカの微細孔のもつ水中有機物の吸着効果を活用し,光触媒表面への汚染源分子の濃縮が進み,効率的な水の浄化ができると期待されます。

細孔内光触媒

太陽光を利用した水の浄化処理を進めるために、太陽光に含まれる強度以下の紫外線を発するブラックライト(波長:365 nm、強度:1.5 mW/cm2)をモデル光源として用いています。

この系において,汚染物質のモデルとして用いたメチレンブルーの処理効果を調査したところ,メソポーラスシリカに担持した二酸化チタン光触媒への光照射により、メチレンブルー水溶液の吸光度の顕著な減少が確認されています。細孔内に吸着したメチレンブルー分子の減少も考慮すると,さらに多くのメチレンブルーが分解処理されることが分かりました。ブラックライトの照射光強度は太陽光に含まれる紫外線強度以下であり、太陽光を利用した水中に存在するμMオーダーの有機物の光酸化処理に対応できるものと考えられ、水浄化の様々な領域への展開が期待されます。

可視光応答型半導体としての酸化鉄

太陽光の有効利用の観点からは可視光応答型の半導体を用いるのが効果的ですが、多くの可視光応答型半導体は水中で光溶解を起こします。酸化鉄は水中で比較的安定な可視光応答型半導体であるため、私たちはこれを光触媒として応用することを検討しています。種々の鉄化合物から酸化鉄微粒子を調製し、これをシリカなどの担体表面に担持して水溶液中での光触媒特性を調べています。価電子帯の上端の電位より、酸化鉄の可視光吸収で生じる価電子帯の正孔は、水溶液中の化学物質の酸化を促すものと考えられます。

酸化鉄の光励起

私たちは、水溶液中の有機物が酸化鉄上で可視光照射により光酸化され、分解されることを見いだしています。一般に水中の有機物の分解には多くの手間とエネルギーが必要ですが、酸化鉄光触媒を用いれば太陽光のみでこれを行うことができます。酸化鉄光触媒プロセスの改良により、太陽光を利用した水の浄化の実用化が期待されます。

総括

水の浄化は地球上の生命体が末永く生存していくために、私たち人間が絶えず取り組まなければならないテーマです。私たちは,機能材料を用いた光触媒化学プロセスは水の浄化に大きく貢献し得るものと考え、研究を展開しています。


効き目じっくりの除虫剤

無機構造体を用いた機能性材料の開発

はじめに

天然の砂や岩,あるいはそれらと同等の成分からなる無機物の中には,特徴的な構造を持つものがあります。たとえば粘土は,薄いシートが積み重なった層状構造をとっており,層と層の間にさまざまなイオンや分子を挟み込むことが知られています。またゼオライトと呼ばれる鉱物は,一般的な分子と同程度の大きさの微細な孔を多数持っており,その中にいろいろな分子を含ませることが可能です。このような層状構造や細孔構造を有する無機構造体の,種々の機能性材料への応用が広く検討されています。

薬剤徐放材料の開発

機能性材料の例として,私たちはこれらの無機構造体に種々の薬剤を複合化し,薬剤の徐放材料としての利用を試みています。有機物である薬剤は,そのまま環境下に置いたのでは揮散や分解が進み,短い時間で容易に効果が失われてしまいます。これらの薬剤分子を無機構造体と複合化すると,薬剤分子が外部環境から守られることで分解が抑制され,かつ薬剤分子の揮発が抑えられて薬剤の効果が長期間持続すると期待されます。そこで,層状構造を有する粘土,あるいは微細孔を持つ素材にいくつかの薬剤分子を複合化し,放散速度の制御が可能か検討しました。

層間からの薬剤の徐放

粘土層間や細孔内空間は,そのままでは薬剤分子との親和性が悪く,十分な量の薬剤を複合化できません。そこで薬剤の性質に応じて,粘土層間や細孔内空間に種々の修飾を加えて環境を整えてやると,多量の薬剤を層間や細孔内に取り込むことが出来ました。これらの材料からの薬剤成分の放散速度を,無機構造体と複合化していない薬剤と比較したところ,薬剤の放出が複合化により抑制され,効果が長期間持続することが確認されました。

総括

無機構造体との複合化により,薬剤成分の揮発抑制が可能であることが分かりました。そのままでは蒸散が速く効果の持続性を示さない薬剤を,長期的に使用できると期待されます。しかし現状ではまだ抑制効果が十分ではない場合もあります。適切な修飾を施した無機構造体と組み合わせることで,徐放性を任意に制御できるよう検討を続けています。

機能性材料を応用し,適量の薬剤を必要に応じて散布すれば,薬剤の過剰使用による無駄な環境汚染を防ぐことにつながると考えています。