研究内容

 ヒト細胞や細菌が放出する直径約100 nmの微粒子「細胞外小胞」が生体内には数多く存在し、生体維持や疾病・感染に大きく寄与することが近年明らかとなってきました。たとえば、ヒト細胞由来の細胞外小胞はがんの転移、細菌由来のだと免疫調節や病原菌感染などです。さらにこれらの細胞外小胞は、微生物制御や遺伝子改変技術、さらにはワクチン、薬物送達やがん細胞治療などの利用にも有望であり、その応用開発に向け世界で盛んに研究されています。しかし、このような微粒子を高精度に分析・計測する技術は発達段階にあり、未だ十分な機能理解と応用には至っていません。

   

 私たちは、工学と生化学を組み合わせて生体内における微粒子の実態を解き明かすとともに、微生物を“微粒子産生デバイス”と捉えてその応用展開を目指すナノバイオテクノロジー研究を推進しています。

 主な研究テーマは以下の通りです。

   

細菌が微粒子を作る仕組みを理解する

 細菌は自身の細胞膜から微粒子を放出しており、“membrane vesicles”(膜小胞)と呼ばれています。21世紀になってから膜小胞形成に関わる遺伝子が幾つか明らかになってきました。しかし、あらゆる細菌が膜小胞を産生すること、その産生メカニズムは多岐にわたることから、未だ不明な点が多く存在します。私たちは細菌が膜小胞を作り出す仕組みを理解することで、膜小胞の量や質の制御を目指しています。

   

 これまでに一重あるいは二重の細胞膜で構成された膜小胞が知られていましたが、グラム陰性細菌Buttiauxella agrestisのある変異株を用いて、細菌が三重以上の膜で構成された膜小胞を放出することを発見しました (Takaki et al. 2020 Appl Environ Microbiol)。

  

   

   

   

   

   

   

   

(左)多重膜小胞を含む膜小胞画分の透過電子顕微鏡写真

(右)多重膜小胞の細胞内形成(Appl Environ Microbiol表紙に掲載)

   

 また、細菌は集団状態であるバイオフィルムを形成すると膜小胞を活発に放出します。緑膿菌のバイオフィルムにおいて、その形成誘発に関わる因子を特定しました (Kanno et al. 2023 Front Microbiol)。

   

   

   

   

   

   

   

(図)緑膿菌バイオフィルムにおける膜小胞

   

 細菌は細胞外だけではなく、細胞内にも小胞を作ります。その一つが疎水性タンパク質で構成されたガス小胞です。細菌のオルガネラとも呼ばれるガス小胞は、膜小胞と同様にワクチンや薬物送達としての応用展開が着目されています。ガス小胞の形成機構を理解することで、ガス小胞のデザインと医療応用を目指しています。

    

   

   

   

 (図)セラチア属細菌における細胞内のガス小胞形成

   

   

微粒子を見る、知る、操る

 細菌が放出する膜小胞は、組成・サイズ・形状の点で非常に多様ですが、一つ一つの微粒子にどのような個性があるのか明らかになっていません。私たちは一微粒子ごとを観察したり構成成分を調べたり、さらには制御するためのナノ技術開発に取り組んでいます。

   

   

微粒子の生体への影響を調べる

 我々の体内には多くの細菌(およそ100兆細胞!)が存在しており、それら細菌が放出する膜小胞は人間の免疫調節に大きく関与しています。また、病原細菌が放出する膜小胞内には病原因子が濃縮されており、病原因子運搬に大きく関わっています。私たちはこのような膜小胞が免疫に与える影響を調べ、免疫調節や細菌感染の制御を目指しています。

   

   

微粒子をデザインして応用する

 細菌は遺伝子改変することにより、その表層や中身を自由に改変した膜小胞の作製に取り組んでいます。具体的には、膜小胞内に核酸を封入して遺伝子送達媒体としての利用や、病原体抗原を搭載したワクチン媒体への応用、さらには金属ナノ粒子との複合微粒子によるドラッグデリバリーとしての利用を目指した研究開発を進めています。